
セーヌ川のうえで、くらしている人たち。
なにやら、自慢げに船のうえで暮らしているようにみえる。暮らしを「見て」もらう―そんな感じだ。
これは、人類学者がでかけて観察しにいく、そしてそれはまた、観察されることでもある。Observer とはobserveされるものなのだ。こうした議論は、80年代から、私が人類学を志そうとしたときはまだまだ健在な議論だった。でもこのセーヌ川の上で暮らす人たちは、それとは反対に、世界中からパリ観光に来た人に、「見てもらう」ことを念頭においてるみたいだ。
あたりまえのことだけれど、人生はおそらく、フィールドワークの連続。日本の、アフリカの、どこにいても。人類学に出会ったから、フィールドワークって言葉で自分がやっていることを説明したいのだと思う。でも日本にいると、ゆっくりと考える暇もなくて、ただただ過ぎ去りすぎる。そう思って、なにか書きとめなくてはと。。。