
セーヌ川のうえで、くらしている人たち。
なにやら、自慢げに船のうえで暮らしているようにみえる。暮らしを「見て」もらう―そんな感じだ。
これは、人類学者がでかけて観察しにいく、そしてそれはまた、観察されることでもある。Observer とはobserveされるものなのだ。こうした議論は、80年代から、私が人類学を志そうとしたときはまだまだ健在な議論だった。でもこのセーヌ川の上で暮らす人たちは、それとは反対に、世界中からパリ観光に来た人に、「見てもらう」ことを念頭においてるみたいだ。
あたりまえのことだけれど、人生はおそらく、フィールドワークの連続。日本の、アフリカの、どこにいても。人類学に出会ったから、フィールドワークって言葉で自分がやっていることを説明したいのだと思う。でも日本にいると、ゆっくりと考える暇もなくて、ただただ過ぎ去りすぎる。そう思って、なにか書きとめなくてはと。。。


2008年9月5日~7日
さらによくみたら、Dangerって書いてありますやん・・・
なんとか無事、マサイマラの近くへ。もう夕方。
2008年9月8日、日本学術振興会ナイロビ研究連絡センター(JSPS)でワークショップが開かれました。「アフリカ牧畜社会の持続可能な発展に向けて:
牧畜研究と開発実践を接合するための新 たな可能性を探る」


←朝ごはん 一回だけ卵をたべました。
←ランチ 夕飯↓ 黄色いのはUSAIDのトウモロコシの粉でつくったウガリです。
は、とても大変な作業。胡麻は炒ってから臼でつく。落花生の場合は、まず殻から豆をとり、ペーストにするなら炒って、薄皮をとって、そして臼でつき、さらにそのあとに滑らかにするためにグラインドする。落花生の粉をつくる場合は、豆がまだ乾いてなければ少し日に干して、そして臼でつく。お手間入りの食事をなんどかいただいた。

一人の空間がもらえるのはまた、うれしいことだ。 ただはじめ気になったのは、ブンブン大きな音をたてて入ってくるハチ?の巣が小屋のなかにあったこと。すぐ慣れてしまった。
お世話になって、さあ朝にでかけよう!としたら、車のバッテリーがあがっていてみなで一仕事。オートマだとおしがけできないよ・・・・個人的には、私はマニュアル派。アフリカではとくに、やはり、マニュアルでしょ・・・。ま、なんとかなりました。出発は遅れたけど。 首都カンパラにでて、一泊、翌朝はやくに北上するべく出発。めざすLiraまでの道のりは、ケニアのような、サバンナが広がる景色はなくずっとブッシュがつづく。あるランゴ人のおじさんが、「カラモジョンの土地は美しい!」といっていた。治安は悪いがぜひ行ってみたいもの。治安が悪いのは、カラモジョンがウシをとるべく銃をもってレーディングするからで、バスに乗って行ったらカラモジョンも乗ってるから襲われないよ、とパドラ人。

国境の比較的ちかくをフィールドにしている某人類学者Uさんのところにお邪魔しました。 ほんとに、人それぞれの調査のやりかたがあるなあとつくづく。Uさんは、自分で木炭も七厘も食料も買ってもっていき、作ってくれる人を雇うやりかたらしい。私はいつも、ホストファミリーが作ってくれるものを一緒につくったり見たりして食べる。たしかに、自分が食べたいときに食べたいものが食べられないのではあるが。私もきっと、自分のやり方ができているんだろう、たぶん?!自分ではよくわからないけれど。